|
FELIZMN HP
カテゴリ
全体
今日もエンピリシズム わたしは信じない 電車な人々 eat 新宿農業生活 魅惑のおじさん ゆけゆけ転車でGO! はぢめての経験 魁!献血塾 vs Mr.捨て魔 チョコレエトとわたくし 夕食のおかずはゾンビ 異生物とわたし 異国忌憚 ご近所物語 困った時の大人マニュアル 我等がめかぶ党! タムラ道 日本の奇祭 以前の記事
2012年 05月
2011年 08月 2011年 07月 2011年 06月 2011年 04月 2011年 03月 2011年 01月 2010年 11月 2010年 10月 2010年 09月 2010年 08月 2010年 07月 2010年 06月 2010年 05月 2010年 04月 2010年 03月 2010年 02月 2010年 01月 最新のコメント
お気に入りブログ
Twitter
おすすめキーワード(PR)
ファン
|
2012年度俺の畑開墾作業が今年も始まった。
雑草を除去しつつ、冬の時期に寝かせた土をひっくり返すのだが、この際もの凄い大量のモノが出土する。 それは虫だ。 雑草の根本に20匹単位で蠢くダンゴムシ。 春になり、再び女王陛下のために食物を探し始める沢山のアリ。 だが、中でも一番の存在感を示すのがコガネムシの幼虫だ。 小さい物は1センチ程だが、大きい物になるとそれは5センチ程にもなり、その存在感は土壌界の巨神兵。 今年も土をめくってみると、「あれ?もう俺脱皮するんですか?」とばかりに100匹以上の幼虫がそこでウネウネと蠢いてた。 苦手な人からすると失神失禁ものの光景である。 だが苦手等と言ってる場合ではない。 この幼虫は近い将来、すくすくと生育した俺の農作物達を壊滅の危機に追い込む凶悪な暴食獣の子供。 「1匹見たら10匹いると思え」のことわざ通り、全てを拾い上げ絶滅させねばならない。 昨年は絶滅に失敗し、逆に小松菜とレタスをやつらに絶滅されまくった。 ぶりぶりに生育しまくった小松菜ではなく、葉部分が食い散らかされたただの茎を収穫する虚しさといったらそれはもう。 というわけで今年は慎重に土をめくりあげ、計148匹の幼虫を捕獲した。 さて、この捕らえた幼虫だが。 ここがアマゾンであれば、おやつとして食べまくっていた事であろう。 揚げればけっこう美味い食材である事はよく知っているし、自分にとってもアマゾンでのお袋の味だ。 だが、ここはトーキョーシティだし、自分ももうジャングルに迷い込んだバックパッカーではない。 冷凍庫にはほ乳類の肉がたんまりと保存されており、タンパク源を虫に求める必要はないのだ。 なので、自分のためではなく他者のために、皿に盛りつける事にした。 調理方法は簡単。 深めの皿に取れ立ての新鮮な幼虫をそのまま並べるだけである。 皿の上で148匹のあれが蠢く姿はなかなかあれであるが、幼虫定食お待たせいました!と、それを庭に設置すると待ってましたとばかりに群がる大勢のお客様達。 「やっぱここの大将の幼虫が一番だよ!」と毎回おっしゃってくだささるスズメ様達。 うちの庭は近所のスズメ様達には有名な三ツ星レストランなのである。 更にはアリツーリストなる旅行会社と提携しているため、アリ様達の日帰りツアー客も大挙襲来。 ツアーの目玉である「幼虫食べ放題」はいつも好評をいただいており、皆様に満足いただいております。 というわけで数時間も経つと、皿は見事に空っぽに。 ラグビー部員達よりもあいつらは食いやがるぜ! こうして食物連鎖の姿をまざまざと見せつけられつつ、開墾作業は毎年幕を開けるのである。
この世の中には信じるものもあれば、信じられないものも沢山ある。
その中のひとつに「サイズお出ししますよ」というものがある。 そう、それは靴屋でただ靴を見て観察し、靴の研究に勤しんでいる作業中の人物に、後ろ斜め45度の方向から声かけられるあれだ。 靴は微妙な存在である。 服と違ってサイズが合わないと不快な事この上ない。 なので誰もがその辺りを慎重に靴屋では思い悩む。 思い悩んだ上で、よしこの靴行けそうだ!と決め、人は店員さんにサイズを尋ねるのである。 だが、そのようにこちらが深い思索の旅に出ている時にも関わらず、いきなり声をかけてくる店員さんというのがいる。 件の「サイズお出ししますよ」という声かけと共に。 まだデザイン的にもいけるかどうか悩んでいたところだし、サイズの話はまだ時期尚早のような気もするけど、まあ貴方がそこまで自分の親身になろうとして、サイズを用意してくださるというのなら取りあえず履いてみようかな? ではお願いします! そういった貴方に次に浴びせ去られる言葉がこれだ。 「すいません。もう25.5センチはないみたいです」 サイズがあるからこそ「お出ししますよ」と言ったのではないのか? 既にないサイズがあるのであれば、お客の希望サイズがまだわからぬ段階で「お出ししますよ」と断定するのはいかがなのものなのか? なにかこうやるせないものが己の脳内に去来してやまない。 もちろん自分が積極的に「すいません、この靴の25.5センチありますか?」と尋ねたなら話は別である。 「25.5センチですね。ちょっとお待ちください」と言って探してもらった結果「ごめんなさい。ちょっとありませんね」と言われるのとは全くの別物なのだ。 「サイズお出ししますよ」と声高にうたうのであれば、例えこの店の倉庫になかったとしても、地球の果てまで行ってでも持って来て欲しい。 それが言葉を発した者の責任なのではないのかっ? 逆に全世界を敵にまわしてでも、こちらの希望サイズの靴を持ってこられないのであれば、最初から自信満々に「サイズお出ししますよ」とは言わないで欲しい。 ただ「サイズお調べしますよ」と言って欲しい。 それだけなのだ。 こちらが望んだわけでもないのに、期待感を煽るだけ煽った上で失望させるのは勘弁である。 靴屋の店員さんにはサムライのごとく言葉にもう少し責任を持って欲しいんだなあ。 「サイズお出ししますよ」 それは「野々村さんにデートしようって誘われたんだけど、あたし全然彼の事タイプじゃないのよね。なんか色んな人に気安く声かけてそうだし。でもまあ悪い人じゃあないみたいだし、取りあえず一緒に出かけてみるくらいだったらまあいいかなってOKしてみたの。そしたらね。野々村の野郎、「うーん。なんかやっぱ今回はいいや。またね!」なんて言ってきやがったの。自分から誘ってきておいて拒絶って何これ?仕方なしにOKしたのはあたしのほうなのに、まるであたしがふられたみたいじゃない!?せっかく誘ってくれたんだしなんて思い悩んだアタシの気持ちと時間がまるで馬鹿みたいじゃない!なんなの野々村のやつ!緊急地震速報の音にびっくりした拍子に、まちがって取引先に自分の秘蔵エロフォルダを添付したメールでも一斉送信しちゃえばいいわ!」といった感じに、着地点を全く考えず能天気に人に声をかけちゃう野々村のような輩のことわざ。 わたしは信じない。
この世の中には信じるものもあれば、信じられないものも沢山ある。
その中のひとつに「昼間のチャイム」というものがある。 そう、それは枯れ老人のごとくただ平穏に自宅で過ごしたいと願う人々を、無理矢理己の我欲に引きずり込まんとせむあの呼び出し音の事だ。 チャイムを鳴らされるという事は誰かに呼ばれているという事である。 そして呼ばれたら反応するのが、ヒト科ほ乳類にインストールされた最低限の共有認識。 人に呼ばれるというのはそこからコミュニケーションがはじまる為、本来は己の人生の新展開にワクワクする筈のものである。 だが、昼間のチャイムだけは違う。 もうそういうのいいよ、っていう位、呼ばれて飛び出れば飛び出る程に損をする代物なのである。 「新聞いりませんか?」 昔は団の人が来ては随分と凄み凄まれたり等したものだが、最近は脅迫罪に適用されがちになったためか殆ど来なくなった。 そもそも媒体自体が生き残れるかどうかの瀬戸際に来ているので、それどころではないのだろう。 「信仰いりませんか?」 ド平日のド昼間に外出しなくても良い事が多いこの現状を幸福と言わずして何と言うのか? これ以上の幸福はいらないのでそういったのは全く必要ない。 「NH系」 いきなり訪ねて来て「お金ちょうだい」って、あんたどこの初孫よ!? 「のほうから来ました」 消防署のほうから、警察署のほうから、税務署のほうから、区役所のほうから、来ましたと言いつつ、自分から銭をだまし取ろうとするあいつら。 あの世のほうから来ました、と言うやつが訪ねて来ないだけ、まだ幸せなのかもしれんが。 「地元出身○○議員のお手伝いをしている者ですが、何かお困りの事はありませんか?」 貴方みたいな人がチャイムを鳴らすので、困ってます。 「桃いりませんか?」 若く可愛らしい娘さんが来ては「今、甘い桃をこの辺りで販売させていただいているんですけども、おひとついかがですか?」という、最近多い謎の桃売り。 何故わざわざ桃を訪問販売のネタに? 桃はもしかして隠語で、まさか販売しているのは果実の桃ではなく私の桃なのか!? ピチピチのピーチなビッチ! このように反応すればしただけ、時間や諸々の損になるというものが他にあるだろうか? しかも自宅のチャイムは自分の所有物である。 己の所有物なのにも関わらず、信頼を置く事ができない、そんなモノってあるだろうか? とはいえあの不意の訪問者達との攻防は人のコミュニケーション能力を高める良きツールなので、一人暮らしを始めた若き借り暮らしのアリエッティ達には多いに活用して欲しい。 しかし、既にアリエッティな時は過ぎた老年の我が身にはただただ不要の代物である。 人のお宅のチャイムを鳴らすそのエネルギーを、自宅の浴室掃除などに利用して、もっと有効に活用して欲しい。 エネルギー不足が叫ばれているこの現代に生きる一員として・・・ MOTTAINAI! 昼間のチャイム。 それはド平日のド昼間に在宅しているという奴に喝を入れるために鳴らされる、世間からの「働け!」という呼び出し音。 すいません、こう見えても働いてるんです。 むしろ労働時間は逆にけっこう長いので、勘弁してください。 わたしは信じない。
犬畜生は食物!としていた時代は食糧難の時代と共にとうに終わったこの21世紀。
犬に連れられて散歩している人を見かける事は多い。 飼い犬と言えば庭のボロ小屋に雑種、であった自分の幼少期とは違い、現在の飼い犬は種類も豊富。 ちっこいのからそれってもののけ?的な獣まで、様々な種類の犬が日本社会に入り込んでいる。 とはいえ、そんな犬たちはやはりとてもかわいらしい。 なので、只今絶賛散歩中の犬にはついつい目がいってしまう。 するとそれらの犬達も視線を感じるのか、例の黒目がちなまんまるな目を自分に合わせたりしてくる。 この野郎、可愛いじゃねえか。 ハアハア、近づいて撫でたい。 あげくのはてにはあんな事やそんな事まで!という妄想が脳内を席巻する。 だが、そこは昭和の無頼漢。 「あう〜ん。カワユス〜」と破顔したり、「可愛いですね、何ドッグですか?」と声をかけたりし、「おたくの犬の可愛いさに僕屈服」という事を悟られるような態度は表に出せない。 多分、飼い犬を誉められて悪い気分になる人はいない。 だが、それでもやっぱり近づけないのが昭和の無頼漢なのである。 何故なら「自分というどうしようもない駄目人間が自慢の御犬様に近づく、それって飼い主としてはとても嫌なのではないか?」という気遣いが生じるからだ。 もちろんそれは気にしすぎなのかとも思う。 だが、逆に自分が飼い主だったらきっと思うと思うのだ。 「うちの御犬様に馴れ馴れしく触らないでくださる!そこの、トイレに行った後だったり、トリミングしていない肉を触った後等に手を洗わないそこの貴様!」等といった衛生面的な不快さを。 「うちのわんこが貴方ごときの存在に尻尾を振ってるじゃないっ!このわんこと歌舞伎町のホスト達の愛情はアタシのためだけにあるのにも関わらず!」という嫉妬心を! 飼い犬の可愛さの対象は基本的にご主人様のためだけに存在しているものといっても過言ではない。 ということは赤の他人がその可愛さを愛でようとするのは宇宙の摂理に反しているのではないか? 飼い主が嫌がる事はしない。 いやさ、人が嫌がる事はしない。 だから飼い主様と散歩中の犬は愛でない。 それがやはり静かに平穏に暮らす人生のコツなのだ。 なので、可愛い犬とすれ違った際は、一見 「あの人って、たくのカワユス犬とすれ違わせてあげたのに、何の反応もしないなんて、人として大事な何かが欠如しているんじゃない?きっと、自室ー中野ブロードウェイ2Fー自室ー中野ブロードウェイ3Fの往復だけの二次元人生に違いないわよ。怖いわ!現代日本のリアルコミュニケーション不足社会!」 と思われるような無関心すれ違いっぷりを自分はしていると思う。 もの凄い無表情で。 だが内心は違う! ご主人様に気づかれないように、チラ見でガン見しつつ、内心「ウホッ!生ける愛玩具!」と絶賛大興奮中なのだ。 それが自分なりのよそ犬の愛で方。
連日、コリアンダーが有り余る程の大豊作に見舞われている。
お部屋の芳香剤の種類にコリアンダーがないのはおかしい! 「KAMEMUSHI」というブランドの香水が発売されないのは化粧品会社の怠慢だ! とまで思う自分にとっては喜ばしい所ではある。 が。 コリアンダーの葉をなるがままに放置しておくと、固くなったり枯れてしまったり、更にそこから全体的にやる気、元気、イワキ!がなくなってしまいがちに。 とはいえ、流石のコリアンダー好きにも一時に食べきれる量にも限りがあるので、最近はやや持て余し気味。 ではお得意の「干し」作業をすれば良いぢゃない!とも思うも、他の香草と違い、乾燥させてしまうと件の香りの殆どは消滅してしまう。 そこで考えたのが、バジルを利用したジェノベーゼソースのような形であれば保存できるのでは?という思いつき。 というわけで、悩む前にまず実行してみたのだが、これがまたひゃぁぁぁああうまいぃぃぃい! 来週のサザエさんは 「父さん、コリアンダーを持て余す」 「サザエのひらめき」 「カツオ、コリアンダーソースにハマる」 の三本です。 ばりに、満足な結果に。 更にこれを大量に制作し、冷凍保存しておけば年中いつでもコリアンダーの香りが楽しめるわけで。 ジェノベーゼソースにしろなんにしろ、香りを保存したいというものにとって油漬けはとても有効な保存法である。 食べるラー油の次は、飲むコリアンダーの時代が来るかもしれぬ!
英語で「コリアンダー」
タイ語で「パクチー」 中国語で「シャンツァイ」 スペイン語で「シラントロ」 ポルトガル語で「コエントロ」 母国語である日本語でこそ逆に何というのかはよくわからないが、この「コリアンダー」という言葉だけはマルチリンガル。 五カ国の言葉を操る事ができる。 己が記憶している言葉の中で、五カ国語で言える言葉はこのコリアンダーただひとつ。 世界中どこへ行ってもとまではいかないが、少なくともアメリカ大陸でコリアンダーが欲しい時に言葉がわからず伝えられない!という危機は避けられそうだ。 人生のリスクがまたひとつ減った!
近所の古いアパートの軒先に、二匹の野良猫が住み着いている。
彼等は、例の野良猫的病気を搭載しているらしく、年中行事的に涙&青鼻を絶賛垂れ流し中。 毛並みも「野良」というより「レス」感が感じられるほどにゴワっている上、体躯も猫業界的には嬉しくなかろうモデル体型と、弱々しいにも程がある二匹なのである。 そのように見た目的にはもうあれなのだが、そんな二匹を温かな目で見守っている近隣住民は多いご様子。 雨よけの箱や餌&飲料水皿等、この不幸な野良猫兄弟が少しでも長生きできますようグッズが、周囲数軒の家に設置されていたりする。 飼うところまでは出来ないまでも、出来る範囲での愛をこの兄弟に皆供しているのだ。 野良猫問題という面はさておき、野良猫ごときに優しく出来る人が多い町はいいところだと思うよ。 そのようにしてヒト科ほ乳類による愛情は十分に感じているせいか、とかくこの二匹は懐っこい。 「スピ!」と呼べば、静かにこちらに近づいて来るし、頭や喉元はこれでもかとばかりにめいいっぱい撫でさせてくれつつ、擦り寄りをみせる。 撫でている最中はずっとスピー、スピーと鼻を鳴らしていても。 しばらくすると大きなくしゃみを発し、撫でている手等に青鼻をまき散らしても。 その結膜炎的な涙目でみつめられつつ、ナーと鳴かれれれば、それだけでその日は幸せだ。 長生きはしなさそうだけども、スピ兄弟に少しでも幸が多く訪れる事を願うばかりです。
この季節になるとあちこちで七夕飾りを見る事ができる。
そしてそこには人々の願いが書かれた短冊がつられているのだが、中にはそこまで己の欲望を大衆に晒すか!というような剛の短冊者もおり、読み込んでみると実に面白い。 そんな期間限定の愛読書である短冊だが、昨日見かけたものにはこう書かれていた。 「受険に合格しますように!」 あんた、その調子だと間違いなく「受験」には失敗すると思うよ・・・
運命の人と思えるような存在が自分にはいる。
それは高校の時のクラスメートである。 彼はあか抜けない外見を持ちつつ、独特の雰囲気を漂わせる物静かな人間だったので、どちらかというとからかいの対象になってもおかしくない人間であった。 だが、彼の事を笑ったり、いじめたりするような人間は1人も存在せず。 何故なら、彼は誰に対しても謙虚でありつつ、誰に対しても間違っている事は間違っていると冷静に言える公明正大な人間だったからだ。 その対象は教師でも変わらず、教師が理不尽な物言いをした際にも、皆が黙る中、彼だけはしっかりと教師に「それは違うと思います」と進言出来る立派な漢であった。 なので自分はもちろんのこと、チーマーやってたあいつも、剛胆な体育会野郎も、そしてボディコンシャスな衣服を見にまとった女子力がパないイケイケでさえも、みんな彼という存在を愛していた。 なんだかクラスの中のお地蔵さまのような存在、それが彼だったのだ。 そんな彼だが家が比較的近いという事もあり、在学中は地元の商店街などでばったりと顔を合わせる事も数回はあった。 だが、卒業しお互いの生活環境が変わる中、そんな彼との偶然の邂逅も必然的に消失していった。 そして高卒から4年後の22歳のとき。 彼と偶然に新宿の町中で遭遇した。 お互いに引っ越したりしているとはいえ、そこは変わらずの同じ区内在住。 まあよくある偶然の再開と言える。 お互いに近況を報告しつつも、特に連絡先などは交換せずこの時は別れた。 だが、お地蔵さまに再開出来た事は内心とても嬉しかった。 それから時は移ろい、26歳の頃。 人形展の展示の帰り、普段は乗らぬ電車で帰宅の途を急いでいた際、自分の隣に着席したのが彼だった。 「お地蔵さん!」 恋ケ窪というマニアックな駅で、乗り合わせるなんてもの凄い偶然である。 「いやあ偶然に会うねえ」という思いがお互いの脳内に響きわたる中、この時もまた、お互いの近況を報告しつつも、連絡先などは交換せずに別れた。 もちろんなんだかとても嬉しかった。 そして更に時は移ろい30歳の頃。 渋谷の109の中で、偶然にもまたお地蔵さまと遭遇した。 30歳のおじさんが買い物に寄るような所では決してない109でなぜまた偶然に? お互いにトイレを利用するために寄っただけだったのだが、互いの尿意が二人の間をまた結びつけたのである。 尿意というものがこの地球上に存在してから数千万年の時が流れたかと思うが、こんなに粋な尿意はそうそうない。 「いやあそれにしても偶然に会うねえ。尿意もやるよねえ」という思いがお互いの脳内に響きわたる中、この時もまた、連絡先などは交換せずに別れた。 もちろんなんだかとても嬉しかった。 そしてそれからまたもや時が移ろった5年後の先日。 このバカみたいに暑い日々が続く中、今回も忘れたころに彼はやってきた。 自分が大江戸線に乗車しつつ、ウォークマンで「13歳のハゲ男」を見ていると、隣に1人の男が立った。 四たびお地蔵さまである。 何故この赤羽橋という地味な駅で? そして何故俺たちはこうまでして出会ってしまうのだろう? 二人の間にはお互いを認知した空気があったが、今回は互いに話しかけることはなかった。 「大人による大人のための絶妙な距離感とり」をお互いに炸裂させたのだ。 「また君とか!何故なんだ!?」という不思議な思いと驚きをお互い各自で反芻させてみることにしたのだ。 背中合わせのまま互いにその存在を意識しつつ、数駅が通過していった。 そして彼は新宿駅で下車していったのだが、その際一瞬こちらを振り返った。 その顔には今日も変わらぬ謙虚な微笑が浮かんでいた。 やっぱりお地蔵さまも気づいていたのか。 言葉こそかわさなかったが、それだけでも十分嬉しい今回の再会であった。 4、5年のスパンで不意に現れる彼という存在。 まさに運命の人である。 今度は声かけるよお地蔵さま!
今日も今日とて電車に乗っていると、そこに一組の男女が乗車してきた。
とはいえこの男女、決して連れ合いではないらしく、乗車と同時に男が女に声を荒げ始めた。 「てめ、ふざけんなこのヤロウ!」 「電話にはマナーってものがあんだよ!」 「お前が間違った事してっからそれを正してんだろ!」 「無視してんじゃねーよ!最低だぞ人として!」 「おまえ石神井で降りろ、いいか!この社会の屑が!」 一通り話を聞いたところを要約すると、この男女は同じバスに乗っていたらしく、そこでどうやら女のほうが携帯電話で通話をしてしまったようだ。 なのでそれをこの男が注意したものの、その際の女の態度が悪かったせいかなんなのか怒りが収まらず、バスが駅に着いたあとも、しつこく電車にまでつきまといつつ、罵声を浴びせかけているというご様子。 元々は正義感溢れる注意指摘だったのかもしれないが、適切な対処を誤ったせいか、事はこじれ、その結果、彼等が乗り込んできた車内においては「まっすぐすぎる純朴な正義感もいいけど、取り急ぎそれらとはまったく関係のないこの車内ではお前が一番いちばん人に迷惑かけてるよ」視されている。 20代後半と思われるも、その雰囲気からは世に揉まれていないナイーブさと幼さが感じられる。 もちろん体型はぽっちゃり型だ。 そんなうるさいやりとりを目の前で行われ、周囲にたちこめる苛立つ空気。 仕方ない。 座っている自分の目前の事だしここは自分の番なのだよな、とばかりにナイーブにうるさくするのをやめるよう注意した。 するとこちらを一瞬見据えた後に、あらぬ方向を見ながら「関係ない人は黙ってろください!」(原文ママ)と声を荒げる。 黙ってろ!と逆ギレようと思ったが、やや萎縮したところもあっての命令形WITH敬語という不思議語になってしまったようだ。 なんだかめんどくさいことになりそうだと思いつつも追撃の言葉を投げかけていると、するとやはり近くで立っていた50代と思われるおじさんが自分に加勢し、同調の意をとなえた。 「まあちょっと待ちなさいよ。あんたが言ってることは正しいのかもしれないけど、とりあえず今車内に迷惑をかけているのはあんたの怒鳴り声なんだよ。もう大人なんだから冷静に話し合いなさいよ」 これぞまさに大人の冷静な物言いである! だが、そんなおじさんの胸元に目をやるとそこには何故かレモンやらキウイやらのフルーツがデザインされた変なネクタイが。 何故フルーツネクタイ? 果物メーカーの営業人なのか? と興味が俄然おじさんのほうに行きかけたその時。 「さわんなよテメー!」 という大声とともにおじさんを突き飛ばすナイーブ。 ネクタイが変なおじさんっ!! おじさんはドアにドーンという大きな音と共にぶつかり、「こいつ・・・俺のことを突き飛ばしたのか?父さんにだって突き飛ばされた事ないのにっ!」といった表情を浮かべている。 あらら、いよいよもって暴れだしたか。 するとそれを見た伊勢丹の袋を持ったおばさんが「ちょっといい加減にしなさいよ!」と言いつつおじさんに駆け寄り気遣う。 そんな彼女の気遣いに「大丈夫ですから」と言って侠気を見せるネクタイが変なおじさん。 ・・・恋をとめないで!! とはいえ、さすがにこうなったら止めなきゃなとばかりに、周囲にいたiphone大学生、及びiphone若リーマンというiphoneブラザーズ(もちろん他人)たちも続々と立ち上がった。 その際何も声は発しないまでも、小さいおばあちゃんまでもが「いざとなったらアタシもこの折りたたみ傘でコイツをぶんなぐってやるってばよ!」とばかりに立ち上がっていたのが印象的であり、頼もしかった。 というかこんな小老女セーラにまで気を揉ませるなんて、このナイーブってばまったく。 興奮気味にブチ切れていたナイーブも、流石に自分、ミスターフルーツネクタイ、伊勢丹お竜、小老女セーラ、iphoneブラザーズ、そして元凶バス携帯通話女の7人のサムライに囲まれると歩が悪いと感じたのか、威勢は随分とトーンダウンしていった。 かくして次の駅で7人のサムライ達とナイーブは降り、駅員及び駆けつけた警官による聴取を受ける運びとなった。 その後、どうなったかは知らないが、お陰でどっぷりと遅刻する運びとなってしまったよ。 まったく。
| |||||||